朝8時の診療受付時刻前に整形外科の診療所に着くと、まだ薄暗くて寒いなか、すでに十人ほどが並んでいた。顔ぶれは、私のような外国人が多い印象だ。
診療所のなかは、昭和初期に建てられたかのような古めかしい造りで、受付の女性スタッフが、まるで肉屋のおかみさんのように威勢よく次々と訪れる患者を捌いている。あえて予約制を取らずに全ての患者を受け入れていることも考えると、いわゆる庶民派の診療所なのだろうか。

30分ほど待ったあとに名前を呼ばれて奥の方に行くと、縦長の小さい診察室がいくつか並んでおり、そのなかの一室に案内された。それぞれの患者が待つ診察室に医師が巡回してきて、診察を受けるシステムのようだ。
部屋にはドアがなくカーテンで仕切られているだけなので、隣の部屋の診察内容が丸聞こえである。なかなかオープンな診療所だな、などと考えていると、私の番が回ってきた。

現れたのは、大柄で眼鏡の70代くらいの医師で、先ほど隣の部屋から聞こえてきたのと同じ威勢のいい声で「どうしました?」と、笑顔で訊ねてきた。
症状をチェックしてからレントゲンを撮影したところ「大きな事故に遭ったわけじゃないみたいだけど、これは結構な怪我かもしれないね。これを飲んでみて明日また来なさい」と言われ、筋弛緩薬の錠剤を渡された。ついでに、撮影したレントゲンのフィルムも丸めてそのまま手渡されたが、こういうものはしばらく病院で保管しておくものではなかっただろうか。いろいろと大雑把なところのある診療所である。

残念ながら翌朝までに痛みが引くことはなく、再度診療所を訪れると、今度は「よく眠れましたか?」と、相変わらず元気な声で医師が訊ねてきた。体調が悪いと気分も落ち込みがちになるが、そんな時に医師が明るいとホッとするものだなと思った。
状況を説明すると、翌週に近郊の町にある総合病院でMRI検査を受けることになった。

これまでは、あまり忙しくない時期だったので仕事にそれほど穴を開けずにこられたが、数日後にはオペラの公演も始まり忙しくなる。そんな事情もあり、今後痛みが引いたらすぐに仕事に戻っていいか医師に訊ねたところ、その時だけは陽気な顔つきが急に険しくなり、「今の状態で座って長時間演奏など続けたら、歩けなくなって入院することになるかもしれませんよ。それは私は避けたいし、あなただって避けたいはずです」と、厳しい口調で言い渡された。もちろん、そんな状況に陥ったら大変なので、素直に従うことにした。この時にきっぱりと言ってくれた医師には、今でも感謝している。

仕事を休まねばならないことが決まったら身体がOKサインを出したのか、腰の痛みに加えて足の痺れなども出てきて、不安な気持ちで検査の日まで過ごした。

(続く)
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