以前住んでいたアパートに、たまに行くことがある。
私が二十代後半を過ごしたアパートは、多摩川の支流沿いの桜並木がベランダの目の前にあった。部屋は決して広くはなかったが、ベランダからの景色や周辺環境も含めて気に入っていた。徒歩圏内には巨大なスーパーやコンビニ、スターバックス、市役所があり、生活しやすかった。住宅街と果樹園が広がるエリアで、周囲は多摩丘陵に囲まれていて自然も豊かだった。夜に駅から自宅まで歩いている時には、たまに狸に遭遇した。外食できるような飲食店は決して多くないけれど、自転車で隣駅にある天然温泉のスーパー銭湯に行ったり、多摩川沿いのだだっ広い土手を散歩したりと、なんだかんだ楽しく暮らしていた。そのアパートに住んでいる時に夫と出会い、週末にはアパート周辺で一緒に過ごすようになっていた。
夫は自然が好きな人で、私がそれまで入ったことの無かったエリアに興味を示すので、出会った後は行動範囲が広がった。丘陵の上に登ったり、雑木林の中のハイキングコースを歩いたり、川の上流や下流を行けるところまで歩いたりと、自然の中に入っていく機会が増えた。夫と住むために引っ越してしまったが、彼も私の以前のアパート周辺を気に入っていて、年に2回くらい2人で様子を見に行っている。
定期的に通っていると、アパート周辺の変化に気づく。住んでいる時からその変化は始まっていたが、雑木林が広がっていた丘陵には一気に住宅が建設されていった。住む人が増えたからなのか、駅には飲食店が増えていた。アパートの目の前は見事な桜並木にも関わらず、人混みはそこまで多くなかったが、最近の様子を見ていると、ゆっくり花見ができるのも時間の問題かなと思ったりする。アパートの前に行くと、部屋のベランダには物干し竿が置いてあって、誰かが住んでいるようだった。
今住んでいる賃貸も定住する予定はないので遠くない将来に離れてしまう。こうして懐かしい場所が増えていくのは、時間が過ぎ去っていることを実感させられて少し切ない気持ちになるけれど、思い出を懐かしめる場所が増えていると思うと案外悪い気はしないのだった。