10月1日
昨夜からついに暖房をつけ始めた。
朝からぬくぬくとのんびりしていたら電話がかかってきて、病気になった同僚の代わりに夜にいささか面倒な仕事を任されることになった。ドイツだと、具合が悪い時は演奏会当日であろうと皆さんどんどん仕事を休むので、このようなピンチヒッターを任される機会が度々ある。お互い様なので良いのだが、今日の楽しい予定は先延ばしだ。


10月2日
少し前から読み始めた「沖縄県知事:その人生と思想」(野添文彬著、新潮選書)を読了。沖縄の米軍基地問題の長い歴史と、歴代県知事たちの基地問題への葛藤を知る。今後果たして、国と沖縄県が強調して基地問題に向き合える日は来るのだろうか。


10月3日
ドイツの統一記念日。祝日なのをすっかり忘れて買い物していなかったので、冷蔵庫が空っぽだ。(祝日は日曜と同じく飲食店以外の店は全部閉まる)
近所のトルコ料理店に行き、ナスのムサカをテイクアウトする。この辺りはトルコ系移民が多いのもあってか、トルコ料理店は美味しいところが多い。ムサカについてくる塩っぽいバターライスのようなピラフが好きで、いつか自分でも挑戦してみたい。


10月4日
映画音楽コンサートのリハーサルが始まる。映画の題名は原題と邦題が異なることが多いが、英語の題名とドイツ語の題名もまた違ったりするので、題名だけ聞いてもすぐに分からないことが多い。例えば、「once upon a time in the western」(英題)→「Spiel mir das Lied vom Tod」(独題 訳:死の歌を弾け)→「ウェスタン」(邦題)という感じだ。
今回は知らない曲が多いが、「ロビンフッドの冒険」(1938年版、コルンゴルド作曲)が特に難しい。


10月5日
トラブルがあって、夜に公演がある遠くの街まで同僚の車に乗り合わせて行くことになる。片道2時間半かかり、普段あまり関わりのない同僚たちとだったので話が続くか心配だったが、全く問題なかった。一人は絵画から養蜂までなんでもこなす多趣味な人で、もう一人は歴史や映画に詳しく、話題が尽きなかった。音楽家は、やはり根がオタク気質だからか凝り性な人が多い。公演を終えて家に帰ってきたら既に深夜でぐったり。


10月6日
朝、なんとか起き上がって仕事に行く。昨日一緒に車に乗り合わせた同僚から、庭で採れたというリンゴをもらった。今年は豊作だそうで、一つの木から70キロを超えるリンゴが採れたらしく、せっせとリンゴジャムやリンゴケーキを作っているらしい。それでも余ったリンゴは、安くジュースにしてくれる工場に持っていくそうだ。さすがエコの国!


10月8日
日本人、韓国人の同僚数名と集まって日韓お昼ご飯会が開かれる。メニューはお好み焼きとトッポギ。トッポギのソースの目の覚めるような辛さに戸惑っていたら、一緒に食べると辛さが和らぐということでチェダーチーズとピザ用のモッツァレラチーズを勧められた。確かに唐辛子とチーズはよく合う。トック(お餅)を食べ終えたあとは、今度は残ったソースに茹でたラーメンの麺を入れたラッポギが出てきた。韓国料理は豪快で楽しい。


10月10日
夜に映画音楽の一回目のコンサートがある。今回のプログラムのハイライトは、前述の映画「ウェスタン」の中の一曲、モリコーネ作曲の「Man with harmonica」だ。メランコリックな響きのハーモニカとオーケストラの曲なのだが、オリジナルにも参加していたレネ・ギーセンさんというハーモニカ奏者がなんと現在近くの街に住んでいるということで、特別出演したのだ。といっても、原作も知らなかった私にはいまいちピンとこずに残念だったが、映画マニアの同僚は、DVDに是非ともサインをもらわねばと興奮していた。


10月11日
朝の仕事を終えてから近くの町に住む友達と連絡を取っていたら、お互い午後が休みなことが判明して中間の町で落ち合うことになる。持つべきものはフッ軽友達だ。前から行ってみたかった古代ローマ軍の駐屯地跡と博物館に付き合ってもらった。完全な形での出土品は少ないようで、中には5センチ強の破片から1メートルほどの元の形を想定した展示物などもあり、考古学者の方々はかなり想像力に長けているのだろうなと思う。それにしても、二千年も前のことに思いを馳せるのは贅沢な時間だ。



10月12日
スメタナのオペラ「売られた花嫁」のリハーサルが始まる。序曲は無窮動的なヴァイオリンのパッセージで始まり、オーケストラのオーディションの課題で取り上げられるので良く知っているのだが、作品全体についてはあまり知らなかった。あらすじを読むと、コメディーなのだが、女性差別や障がい者差別と取れなくもない要素もあり、時代遅れな感じだ。そもそもオペラってそんなものだろうか。


10月16日
このところ市中でコロナが再び感染拡大しているが、オーケストラのなかでも流行り始めている。少し前に感染して再び仕事に戻ってきた同僚によると、最近はPCR検査を受けられる場所がドライブスルー方式のことが多いらしい。徒歩で行っても受け付けてもらえないらしいのだが自転車だと大丈夫だったとか。乗り物ならOKということなのだろうか。その頭が固い感じが、とてもドイツらしいと思う。


10月19日
今度のシンフォニーコンサートで弾く、ショスタコーヴィチの交響曲第7番「レニングラード」のリハーサルが始まる。Oの戸島さや野さんが以前のエッセイに書かれていたように、ショスタコーヴィチはスターリン政権下で多くの葛藤を抱えながら創作活動をしていた作曲家だ。今はそんな複雑な状況がより想像しやすい。そんなことを考えたのは、リハーサルの時に年配のルーマニア人の同僚が、共産政権下で暮らしていた時の不安な気持ちを思い出すと語っていたのもある。


10月20日
今回ショスタコーヴィチと一緒に弾くアメリカの作曲家コープランドの「Letter from home」は、戦地に赴いている兵士が家族からの手紙を読んで故郷の平和な情景を思い浮かべるという曲なのだが、非常に単純で、「レニングラード」とは対照的だ。言葉で説明しきれてしまう音楽はつまらないなと思う。


10月22日
少し前から毎年恒例の街のライトアップイベントが始まっており、広場や市庁舎でプロジェクションマッピングが行われていたりしてとても綺麗だ。
夜に街に人が溢れている風景がとても不思議に思える。考えてみたら、日本に帰る前はロックダウンが明けたばかりで街で人混みを見ることなどまずなかった。こちらでの生活にも慣れてきて、ドイツから一ヶ月くらいしか離れていなかったような感覚でいたのだが、ここにきて初めてこの一年間こちらでは別の時間が流れていた事を感じた。


10月24日
シンフォニーコンサートの本番の日。今回は特別に、劇場の芸術監督のMCが入る。ロシアによるウクライナ侵攻が始まって以来、クラシック音楽界は「芸術の自由」を尊重しつつも、ロシア作品(特に政治的メッセージを含むとされる作品)の扱いには神経質になっているようだ。そんな事もあったが、久しぶりに緊張感溢れる良い演奏会だったと思う。


10月30日
夕方劇場に行くと時計が1時間遅れており、おかしいと思ったら今日から冬時間が始まっていた。携帯電話もPCも寝ている間に自動で切り替わっているので、気づかなかった。2021年に廃止と聞いていたが、まだ決定はしていなかったらしい。朝型でない私はメリットをあまり感じないのだが、初めて経験したときは、時間が動かせるということに興奮を覚えたのを今でも思い出す。なくなったらそれはそれで寂しいかもしれない。


10月31日
ハロウィーンということで、住宅街で仮装した小さな子供たちが保護者と一緒にトリックオアトリートをしているのを見かけた。仮装といえばこの辺りはなんといっても2月にあるカーニバルで皆弾けるので、大人たちはそこまで盛り上がっている様子でもない。カーニバルのパレードは、来年は開催されるのだろうか。
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