11月3日
友達を誘って、ドルトムントのコンツェルトハウスで行われる韓国のNovusカルテットの演奏会を聴きに行く。あまり事前情報なく行ったら、舞台にすらっとしたイケメンたちが登場して驚いた。多少演出しすぎているように感じる演奏ではあったものの、彼らの打ち出したいカラーはかなりはっきりしていて楽しめた。室内楽の演奏会に行くのは久しぶりだったが、主にシニア世代の、生粋の音楽好きたちが集まっている感じで、落ち着いた良い雰囲気だった。


11月5日
まとまった休みができたので、ドイツ西部の街トリーアに小旅行することにした。
先月、近くの街にあるローマの史跡を訪れて以来、すっかり古代ローマの歴史にハマってしまい、せっせと本を読んだりドキュメンタリー観たりしていたところ、このトリーアの街が頻繁に登場してきて、行きたい気持ちが募っていた。
ローマ帝国の植民市として建設されたトリーアには、今でも街のあちこちに2000年以上も前の遺跡が残っている。昼すぎに到着して、まずは円形闘技場に向かった。街の中心部からバスで10分ほど行くと、立派な家々の立ち並ぶ閑静な住宅地があり、その先にある一見野球場のように見える場所が円形闘技場だった。客席やグラウンド、それに地下など、かなりのスペースを見学できるようになっているのだが、特に客席の最上段から見渡す、競技場の向こうにワイン畑が広がる風景は圧巻だった。当時観戦していた市民たちが感じたであろう高揚感を容易に想像することができる。剣士たちの殺し合いを見物するなんて恐ろしい話ではあるけれど、今とはいろんな感覚が違ったのだろうと思う。
その後州立博物館を訪れたが、収蔵品の数と大きさに圧倒された。ほぼ原型を留めたままの建物の一部の彫刻だったり、教会の床のタイルのモザイク画などが、まるごと展示されていたりする。ローマ帝国の歴史はとても人気があるようで、特設展の「ローマ帝国の滅亡」は、まるで東京の美術展のような賑わいだった。
夜はトリーアに住む友人とご飯。急に決めた旅行だったので、ダメ元で連絡したところ、会えることになって嬉しい。近況や、最近の女流ヴァイオリニストの傾向のことなど話していたら、頭が現代にだんだんと戻ってきた。


11月6日
朝から、トリーアを流れるモーゼル川にかかるローマ橋を見に行く。その名の通り、やはりローマ時代に建てられた橋だ。早起きは大の苦手だが、旅行の時はなぜかすっきり起きられる。
中世の面影の残る街の中心部から歩いて20分ほど、途中寂れた歓楽街などを通り抜けていくと、どっしりとした佇まいの橋が見えた。改築や補修工事が繰り返されたとはいえ、2000年以上この場所に建っているというのには、なかなか実感が湧かない。橋の下を流れるモーゼル川は、幅が約200メートルほどもある広大な川で、斜面にワイン畑が広がる小高い山の間をゆったりと厳かに流れている。河の流れを眺めながら、ここで流れてきた時間のことを考える。
その後、近くにある大浴場跡を観に行く。大浴場の建物の基礎の部分の上に建築現場の足場のようなものが組んであり、全体を見学できるようになっている。水風呂があったり、サウナがあったり、今あっても訪れてみたいような充実した入浴施設だ。お風呂文化がその後あまりドイツに根付かなかったのはちょっと残念だ。
その他、街の門であるポルタニグラなど、いくつかの遺跡を周ってトリアーを後にする。ヨーロッパにいるうちに、今度はぜひローマを訪れたいものだ。
学校の世界史の授業で習って以来ほとんど触れる機会がなく、久しぶりに学んでみた古代ローマの歴史だが、今こうしてヨーロッパ文化の中で暮らしながら学んでみると、なるほどここから始まっていたのかと思わされることが多くて面白い。本も映画も十分にあり、これからもしばらくハマってしまいそうだ。


11月14日
昨夜から喉の痛みがあったが、朝起きるとさらに風邪っぽくなっていて声が出ない。しばらくしたら調子が戻ってきたのでいつも通り予定をこなしていたら、夜に頭痛と咳が始まって起きていられなくなり布団に入るが、頭が痛すぎてなかなか寝付けない。


11月15日
一晩寝たら良くなるだろうと思っていたが、そもそもまともに寝られず、喉の痛みも増すばかりなので、今日の仕事を休むことにした。セルフテストでは相変わらず陰性。しんどくて昼過ぎまで寝ていた。
市販の風邪薬が全く効かないので、病院に電話してみたら幸いすぐに予約が取れた。最近は、コロナの疑いのある患者のための往診時間が特別に設けられていて、PCR検査などもそこで受けられる。診察してくれたお医者さんが、なんと昔、音大でホルンを勉強されていたそうで話が弾んだ。卒業後に仕事を探してみたものの、なかなか難しそうだったので、前から興味のあった医学の勉強を始めて、その後医師になったとのこと。世の中には多才な人がいるものだと思う。


11月16日
薬を飲んで昨夜からひたすら寝ていたにも関わらず、喉の痛みがひどく、また仕事を休む。今日まではリハーサルだったので誰かがカバーしなくても良かったようだが、明日あたりからいろいろ支障が出てきそうなので早く治さないとと思いつつ、いまいち薬が効いているふうもなく相変わらずだるい。ずっと観たかったドラマ、Netflixの「ザ・クラウン」のシーズン5を観始めた。


11月17日
相変わらず体調は悪いが、今日仕事に行かないと来週の演奏会も弾けないことになりそうで、なんとか準備して仕事に行こうとしていると携帯が鳴り、コロナの陽性の通知が届く。ということでこれから7日間隔離生活だが(テスト実行日から数えるので)今週末簡易テストを受けて陰性になれば隔離免除とのこと。隔離は不便だが、仕事に行っても早退していたかもしれないくらい具合が悪かったので、正直ちょっとホッとした。友達が買い物を申し出てくれて、家まで食料を届けてくれてとても助かった。


11月18日
朝起きると、喉が痛くない。それだけで大きな幸せを感じる。来週の公演は、一つはリハーサルなしでそのまま本番から、もう一つはリハーサルの途中から参加することになりそうだ。もちろん陰性になれば、だが。大事な公演の時はさすがに、一回目のリハーサルに出られなかった時点で誰かが代わりに弾いたりエキストラが来ることになるが、今は人も足りていないので、これが最善の策かもしれない。


11月19日
体調が大分回復に向かってきているので、この隔離期間のうちに、最近サボり気味だった基礎練習を重点的にしておこうと思い立った。いろんな練習があるけれど、こうした筋トレ的な練習は一旦始めてしまうと結構楽しい。


11月20日
PCR検査をしてから5日目ということで、簡易テストを受けにいく。今日陰性になれば早速夜の公演を弾く予定だったが、まだ陽性だった。結果を同僚に知らせると、あからさまにがっかりされるが、仕方がない。


11月21日
夕方再び簡易テストを受けにいくと、ようやく陰性になった。ということで明日から仕事に復帰。街の広場では、もうクリスマス市場が始まっていて、この時期になるといつも食べたくなる砂糖衣のついたアーモンドを早速買って帰る。


11月22日
朝から子供向けのコンサートがある。簡単な曲ではあるが、知らない曲だし一度もリハーサルに参加してないのでちょっと緊張するが、特に問題なく終了してホッとする。質疑応答コーナーで、7、8歳くらいの子供たちがとても積極的に発言していていた。こうやって皆の前で発言する力が鍛えられていくのかなと思う。


11月23日
昨日本番を一回こなしたということで、今日の子供コンサートはリードを任された。そんなわけで私は今日も少し緊張したが、寝ぼけ眼で非常にリラックスしている周りの同僚たちとの温度差が激しかった。午後にW杯の日本ドイツ戦を観たが、始めは余裕でコメントをしていた解説者が、試合が進むにつれてどんどんテンションが落ちていき、日本が得点した瞬間など無言になっていた。夜の仕事に行くと、ドイツ人同僚に暗い顔で「おめでとう」と言われてちょっと申し訳ないような気持ちになってしまった。


11月25日
週末のフランクフルト公演に向けてリハーサルが始まる。今回は、ブラームスの交響曲2番と、ブラームスのヴァイオリン協奏曲というザ・ドイツなプログラムだ。実は、定番プログラムを弾く機会の方が普段は少ないので、嬉しい。ドイツのオーケストラでは、オーケストラの規模などに関わらず、割と定番よりは攻めたプログラムが演奏されることが多いように思う。そのあたりはクラシックが根付いているからかと思いきや、聴衆のリクエストによるプログラムとかだと、ドヴォルザークの「新世界」だったり、スメタナの「モルダウ」が選ばれていたりするので、よく分からない。


11月27日
フランクフルトで午前、午後と二公演。なかなかハードな日程だったが、アルテ・オーパーという素晴らしいホールでの演奏だったので、みんなの士気も上がって良い公演だったと思う。合間に訪れたクリスマスマーケットが大混雑で、コロナ禍はもうほぼ終わったのだなと感じる。帰りのバスで、ドイツ人同僚たちがサッカーの「スペインードイツ戦」を観て盛り上がっていた。どの国が勝ってもいいような気がしていたが、いざ接戦になってくると気になるものだ。


11月28日
近くの街のオーケストラに欠員が出て、今日から助っ人に行くことになった。長年の友人が所属するオーケストラなのもあり、とても楽しみだ。
こちらは、フランクの交響曲やヴュータンのヴァイオリン協奏曲など、フランス系プログラムだ。他のオーケストラで演奏すると、知らないうちについていた自分の癖に気付かされたりして面白い。


11月30日
今月は途中のコロナ羅患もあって、あっという間だった。
お天気が悪かったり、体調も悪かったりで、ネガティブな感情に囚われそうになったことも度々あったものの、なんとか乗り切れて良かったと思う。ささやかな日々の楽しみが大切だと殊更感じさせられた一ヶ月だった。
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