9月1日
昨夜から鼻水とくしゃみが止まらず、花粉症かもしれない。そういえば、昼間にレストランの外の席でご飯をしていたら、枯葉やら木の実やら綿毛やら、近くの木々からいろんなものが舞ってきていた。


9月2日
夜にオーケストラの同僚の誕生パーティーに参加。ドイツだと、Runde Geburtstage(英語に直訳するとround birthday)と言って、30、40、50など、ゼロで終わる年齢の誕生日を指す特別な言葉があり、大事な節目として大きく祝うことが多い。同僚も40歳になったということで、オーケストラのメンバーやその他、50人以上が参加する大きなパーティーだった。同僚の子供たちが大きくなっていて驚く。子供の頃は「この間まで赤ちゃんだったのに!」と大人に言われて腑に落ちなかったが、今はそんな感覚がよく分かる。


9月3日
友達に誘われて、今一番の若手実力派ヴァイオリニストと言っても良いアウグスティン・ハイダリッヒと、ケルン放送交響楽団(WDRシンフォニーオーケストラ)の演奏会を聴きにいく。プログラムはドヴォルザークのヴァイオリン協奏曲と、ラフマニノフの交響曲第2番。ハイダリッヒは、力強くしなやかで、そして気品もある。正統派といった感じだ。
後半のラフマニノフでは、オケのパワフルな響きが楽しめたけれど、どうもこの曲のテンションの浮き沈みが激しいのにはついていけない。前に誰かがラフマニノフの音楽について、「恋愛して熱に浮かされた人の心の動きのよう」と言っていたが、まさにそんな感じだ。


9月4日
電車に1時間ほど乗って、近郊の街に住む友達に会いに行く。友達の家で昼ごはんをご馳走になって、お天気も良いので腹ごなしに湖に散歩に行く。街の中心部はがらんとしていたのに湖畔は大いに賑わっている。みんな考えることは同じだ。
陽射しが強くて歩くには暑いくらいだったので、さっさとカフェに入って、陽が傾くまでテラス席でひたすらお喋りする。楽しい午後だった。


9月5日
朝晩の仕事の合間に、インターネットの開通工事のため電話会社の人が来ることになっていたが、仕事から大急ぎで戻ったら郵便受けに不在届が入っておりガックリ。約束より早めに来てしまったようだ。次に都合がつくのは再来週と言われ、さらにガックリ。


9月6日
仕事で嫌な思いをしたという友達から電話がかかってきて長電話になる。話が飛びに飛んで、最近の日本映画では役者がセリフを棒読みをするのがトレンドなのか(そんなはずはないと思うが)、そして、与那国島の独特な風習について喋る。島での生活というのは、ちょっと外国での生活と似ている部分があるかもしれないと思う。


9月7日
近郊の街で演奏会。すっかり忘れていたがこの街のホールは恐ろしく響かず、弾きにくい(ドイツの地方都市にはそんなホールが多々ある)。プログラムはストラヴィンスキーの「組曲第1番」、バンドネオンのソロでピアソラの「四季」、モーツァルトの「シンフォニー31番“パリ”」。
モーツァルトのシンフォニーの三楽章は、出だしが難しくて緊張するのだが、その三楽章が始まる前に客席から誰かの携帯の着信音が鳴り出し、一時中断。着信音が止んでから大きな声で「スミマセン!」と謝る声が聞こえて笑いが起こり、会場が和んだ。ドイツのお客さんは総じてリラックスしている。


9月8日
週末にフェダーヴァイサーという、この時期だけ飲める発酵途中のワインを飲む会をすることになり、今週はその準備に奔走している。付け合わせの料理は、ドイツ南部やアルザス地方でよく見かけるフラムクーヘンという玉ねぎとベーコン、チーズをのせたシンプルな薄いドイツ風(フランス風?)のピザにする予定。
フラムクーヘンに用いるチーズはレシピによってさまざまだが、基本はクレームフレーシュというフランス由来のサワークリームらしい。スーパーの乳製品コーナーですぐに見つかったが、同じようにチーズとヨーグルトの中間に位置する乳製品が驚くほど沢山あることに気づいた。ドイツのシュマントやクヴァルクをはじめ、ポーランドやロシアのスメタナ(サワークリーム)、イタリアのマスカルポーネチーズ、日本でもお馴染みのフィラデルフィアのクリームチーズなどなど。それぞれ、脂肪分の割合や製法が違い、用途によって使い分けるようだ。和食に大豆製品が欠かせないのと同様に、ヨーロッパの諸国は乳製品が欠かせないのだなあと思う。カロリーが高いわけだ。
3種類のチーズを使って試作してみたが、乳脂肪分が高いチーズの方がやはり美味しくて、悩ましい。


9月10日
バスで2時間ほど行った先にある長閑な田舎町の教会で、メンデルスゾーンのオラトリオ「パウルス」の演奏会。
緑豊かできれいな田園風景が広がっていたが、人里離れ過ぎていて携帯の電波もない。「パウルス」は、コロナ前は一年に一度は弾いていた気がするが、数年ぶりに弾くと、とても良い曲だ。久しぶりに教会に足を踏み入れたら、東京でたまに散歩の途中に立ち寄っていたカトリック教会の事を思い出して、演奏中になぜか東京の風景がいろいろ蘇ってきた。


9月11日
昨日から日本のことを考えていたせいか、日本にいる友人と東京のお洒落なカフェにいる夢を見た。ちょっとホームシックだ。
朝の11時から、7日と同じプログラムで演奏会。今回はMCが入りバンドネオンについて解説しているが、恐ろしく複雑そうな楽器だ。アルゼンチンのタンゴに欠かせない楽器だが、実はドイツで生まれた楽器らしい。
演奏会後に、家に同僚を数人招いてフェダヴァイサーとフラムクーヘンの会。昼から飲めるのは楽しい。


9月13日
エーリヒ・ケストナーの「雪の中の三人の男」を原作としたオペレッタのリハーサル。オペレッタはオペラとミュージカルの中間といった感じの音楽劇で、題材も音楽もいささか古風だが、変わらぬ人気がある。この劇場に来てから、ヨハン・シュトラウスの「こうもり」や、オッフェンバッハの「天国と地獄」のほかにもたくさんオペレッタがあることを知った。


9月14日
いまだに家にインターネットが繋がっておらず、午前中に電話会社の人が来ることになっていたのだが、いつまで経っても来ない。サービスセンターに電話してみると、そんな日程は記録されてないと言われた。工事日程を決めた際、オペレーターがいかにも不慣れな感じで、本来送られてくるべき確認メールも来ていなかったので、恐らく彼女のミスだろう。次の日程を決める際も恐ろしく手際が悪く、怒りで頭がクラクラしてくる。すぐにでも解約したいところだが、今しても私が損するばかりなので、思い留まる。


9月17日
ファミリーコンサートがあり、日本のゲーム音楽の作曲家の下村陽子さんという方の作品を演奏した。映画音楽の演奏会はもうだいぶ前から定着しているが、ゲーム人気に乗じて、ゲーム音楽の演奏会もこちらで定着するのかもしれない。


9月18日
朝11時から演奏会だったが、乗るはずの電車が突然原因不明でキャンセルになり(こういうことは多々ある)、駅にいた同僚何人かとタクシーに乗り合わせて会場に向かう。朝からストレスフルだったので、演奏会後、同僚とフライドチキン屋でジャンキーランチをしたらスッキリした。


9月19日
ライプツィヒで勉強していた時に習っていたヴィトマン先生が、同じ州内のアーヘンのオーケストラと共演すると聞きつけて、友達と聴きに行くことにした。
せっかくの遠出なので夜の演奏会前に、アーヘンからそう遠くないオランダのマーストリヒトに遊びに行ったのだが、国境を越えるだけで街並みが全然違う。煉瓦造りの低層住宅が立ち並び、街中いたるところに洗練されたお洒落なカフェがある。他の都市でもそうだったが、オランダのカフェカルチャーはとても進んでいる。
夜の演奏会は、コルンゴルドのヴァイオリン協奏曲とマーラーの交響曲1番。協奏曲では思い切りよく大胆で、それでいてナイーブさも持ち合わせた先生の表現力豊かな演奏にすっかり惹き込まれてしまった。数年前に聴いた時から、さらに腕に磨きがかかっている。演奏後に楽屋を訪ねると、相変わらずのハイテンションで温かく迎えて下さり、嬉しかった。後半のマーラーも心に残る良い演奏だった。
終演後、ちょうどエキストラとして弾いていた同僚たちと合流して飲みに行く。学生の多い街なので、感じの良い居酒屋が多くて羨ましい。


9月20日
夜に仕事で再びオランダ方面の小さな街に行く。滅多にクラシックの演奏会が行われない街らしく、お客さんのノリがポップス公演のそれのようで面白かった。


9月21日
久しぶりに昼頃起床する。インターネットがようやく繋がり、感無量。動画を思う存分観ようと思ったのだが、一ヶ月以上YouTubeやNetflixから離れていたせいか、何を観たらいいのか分からない。結構依存していたのだなと思う。悩んだ末にネコ動画を観た。


9月22日
週末にオペレッタ「雪の中の三人の男」の初公演なので、舞台付きのリハーサルが進んでいる。セリフだけの場面が多く弾くところが少ない上、私の弾いている場所からは舞台もよく見えるので、全体を楽しめる。アルプスが舞台なので、ロープウェイが出てきたり雪山でのスキーの場面があったりと賑やかで、飽きない。


9月24日
オペレッタの舞台初日。初日公演前の、なんとなくみんながソワソワしている感じの劇場の雰囲気が好きだ。あちらこちらで「Toi toi toi」という、舞台の成功を祈る掛け声が聞こえる。公演はとても盛り上がり、休憩も30分以上になり(ドイツの公演の休憩は大体予定よりも長くなりがちだ)終わったら23時近くになっていた。


9月25日
仕事の合間の休憩時間が長かったので、最近日本の友人が薦めてくれた「未来をつくる言葉−わかりあえなさをつなぐために-」(ドミニク・チェン著、新潮社)を読む。日本で日本語を使ってコミュニケーションをとっていても「わかりあえない」ことは多々あるが、外国生活をしていると、さらにこの「わかりあえない」瞬間が頻繁に訪れる。いっそのこと、わかりあうことを諦めたら楽になるのではと考えてしまうことさえあるが、この本を読んで少し希望が持ててきた。


9月26日
朝からどんよりとした天気で、しかも寒いので、訳もなく気持ちが落ち込む。ここは明るさと暖かさでこの鬱屈とした気分への対策をしたいところだが、エネルギー価格の高騰が叫ばれるなかで、電気や暖房を好き放題つけるのも気が引ける。友達に、そうなったら酒はどうかという突飛なアドヴァイスを受ける。この冬のドイツで節約のあまり酒に溺れる人が増えないことを祈りたい。


9月27日
昨夜、寝る前にウクライナ情勢に関するニュースを観たせいか、沈みゆく潜水艦に乗り合わせてしまったというドラマチックな悪夢を見た。ドイツが今回の戦争で結構な痛手を被っているのは皮肉な話だ。劇場もコンサートホールも、省エネを心がけているはずなのだが今のところはまだ暑すぎるくらい暖房が効いている。


9月28日
友達とお昼に落ち合って、ファラフェル(中東発祥のひよこ豆のコロッケ)と、アランチーニ(シチリア名物のライスコロッケ)をはしごするという、高カロリーランチをする。どちらも揚げたてでとても美味しく、それぞれお店の人がとても陽気で楽しかった。特にファラフェル屋のレバノン人男性はかなり強引にこちらの会話に割り込んできたが、少し前までイスラエルに行っていたその友達によると、こういう荒技コミュニケーションは中東の国の市場なんかだとしょっちゅうあることらしい。


9月29日
オペレッタの二回目の本番。初日の時よりは早く終わるといいねと同僚と話したりしていたが、公演が始まって5分くらい経ったところでいきなりストップがかかる。どうやら舞台装置の一部が故障したらしい。しばらく待ってから、また最初からやり直した。
オペラやオペレッタ公演にはハプニングが付きもので、前に公演中に火災報知器が鳴り始め、奏者や歌手、観客全員が屋外に避難し、何事もなかったので幕の最初からやり直すなどということもあった。


9月30日
日本食の買い出しのため、日本人が多く住んでいる近郊の街に出かける。
夏までの一年間に和食を思う存分食べたせいか、これまで平気だったのが、だんだんと体がお味噌やら醤油やらを欲してきているのを感じる。
外国生活が長くなっても食の好みはあまり変わらないが、ドイツにいるとなぜか月に一度はフライドポテトを食べたくなる。気候のせいだろうか。
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